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公園・緑地 > 兵庫島公園
河川敷利用公園の一つで、水と親しめる豊かな自然の場として人気があります。
兵庫島店説=正平13年(1358年)、新田家再興のため鎖官へむかう新田義興の一行は、矢の口の渡し(調布市)から多摩川を渡る途中、敵軍のワナのはまり、殺されて自害したりして全滅してしまいました。義興の従者由良兵庫助の死体が流れついたのが現在の兵庫島で、土地の人がこっそり島にほうむったので、この名がついたといわれています。
野川浄化施設=多摩川の砂利の利用した磯間接触酸化法で、野川の水質浄化が行われています。野川と多摩川の合流点から約300m上流の、野川右岸に埋設されています。
真正面が兵庫島公園 案内図 彫刻科「鈴木政夫氏」の制作レリーフ
世田谷区は、昭和60年(1985)5月、ウィーン市ドゥブリング区と姉妹都市提携を結び、現在まで両都市市民間の友好的な交流が続けられています。この交流が発展し、昭和61年(1986)10月、世田谷区とウィーン市との共同宣言により多摩川とドナウ川は日本で初めての「友好河川」になりました。この記念碑は、両都市市民の友情の証として、そして多摩川もドナウ川もいつまでもその美しい流れを守り続けようという誓いのシンボルとして、ここ兵庫島に設置したものです。
 
兵庫池 兵庫島から見える風景